黄金糖とエッフェル塔:星野有加里

 「随分久しぶりね。余りにもご無沙汰で、大事なお嫁さんの顔も忘れかけてたわ」
相変わらずの厭味で、一年ぶりに夫の実家に帰省した私を出迎えた義母。初対面の時から苦手だった、この辛口で皮肉屋の義母が。だから極力、帰省を回避してきたのだ。今日から二泊も同じ屋根の下で過ごすなんて、憂鬱過ぎる。…はあっ。心の中で重い溜息を吐いた瞬間、義母に勧められた。
 「ちょうど透の昔からの大好物が炊けたとこよ。ゆかりさん、ちょっと味見する?」
返事も待たずに即座に台所へ強制連行。
醤油の匂いが濃厚に漂うコンロの鍋を覗き込んだ瞬間、驚愕の余り目を見開いた。
「いかなごのくぎ煮、ですか?」
ふっくら豊かに炊き上がった大量のくぎ煮。結婚して二年も経つのに知らなかった、これが夫の好物だったなんて。一回りも年下のイマドキの夫がくぎ煮?…意外だ。意外過ぎる。そのギャップに意表を衝かれつつも、一口味見してみると…辛い!醤油が濃く、実山椒と生姜が強過ぎる。これ、ちゃんと砂糖入ってるの?実家の母が作るくぎ煮はもっと甘かった。辛いくぎ煮なんてありえない!と抵抗感を抱(いだ)きつつも必死で作り笑いを浮かべ、「おいしいです」と咀嚼(そしゃく)しているうちに、段々と辛さの中に微妙に円(まろ)やかなコクが滲み出てきた。
「もしかして、蜂蜜が入ってますか?」
「蜂蜜じゃなくて、隠し味はね、これよ」
義母はニヤリと笑い、テーブルの上に置いてあった飴の袋を得意げに掴み上げた。
 「あ!黄金糖だ!私、子供の頃大好きだったんですよ!」懐かしくてつい、よそいきの声も吹っ飛び、はしゃいだ声を挙げてしまった。義母はぷっと噴き出す。嫁と姑を取り巻いていた緊張感がふわりと和らぐ。
「黄金糖の形って、エッフェル塔みたい」
黄金糖を見て、一昨年(おととし)の新婚旅行(ハネムーン)の夜、夫と見たエッフェル塔を思い出した。綺麗にライトアップされた金色に輝くパリの象徴(シンボル)。…そういえば、黄金糖の外袋もフランス国旗と同じ赤青白のトリコロールだ。
「実はね、私達の新婚旅行もパリだったの」私を見る義母の眼に親近感が浮かび上がる。「えっ、そうだったんですか?」苦手だった義母との間に、意外な共通点を見出し、ささやかな喜びを感じた。何(なん)だか嬉しくなって、もう一口、くぎ煮を味見してみた。甘味より、圧倒的に辛味が勝ったくぎ煮。…まるで、お義母(かあ)さんみたい。くすっと苦笑いをすると、「何が可笑(おか)しいの?変なコね」と、お得意の厭味を返された。
 でも、もう傷つかない。その辛口の奥には、黄金(エッフェル)『糖』のように優しく煌めく甘さが込められているって、何(なん)となく思えたから。義母の隣で何となくちびちびと味見を続けているうちに、次第に舌が辛味に慣れてきた。…辛いくぎ煮も悪くないかも。ようやく私も、この家族の一員になれた気がした。

 

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