バター味の春色サラダ:古山衣緒

 子供の朝は早い。飛び乗られて起こされてリビングに行くと、窓の外がピンク色に光っている。昨日暖かかったので、桜が一気に満開になったみたい。
「お昼ご飯、お弁当持ってお外で食べようか」と3歳の息子に言うと「うん!パパ起こしてくる!!」と言って飛び跳ねている。
 急に決まったので、あるものでおかずを考えないと。ジャガイモがあるが、メインはから揚げなのでフライドポテトにはしたくないし、ポテトサラダに出来るような材料もないし、、、冷凍庫にタラコがあるのを思い出して、タラモサラダにすることにした。ポテトサラダに比べ、タラモサラダは滅多に作らない。サラダと名前がついているけど、野菜がとれないし、せっかくのタラコや明太子はそのまま食べてしまうことの方が多い。蒸篭で皮ごと蒸し上げたジャガイモは熱がこもっている、指先を真っ赤にしながら皮を急いで剥き、先に入れてあるタラコに被せるようにボウルに入れる。息子がまだ小さいので、こうやるとタラコにも火が入ってなんだか安全な気がしてしまう。
 ちゃんとレシピを調べた ことはないけど、きっとみんなはマヨネーズを入れるところ、私は昔からバターを入れる。マヨネーズの酸味より、ジャガイモとバターの塩気の組合せが好きだから。銀紙を剝がし、長方形に切りだしたバターの固まりを、庖丁でぱたっと斬り落とす。ジャガイモの熱でバターが溶けて、透明の油になって流れていく様子を見ると、ふと、昔作ったお弁当を思い出した。
 はっきりと好きと言ってくれた訳ではなかったけど、気になっている彼がいた。会う約束をした前日の夜、ワンルームの狭いキッチンでおかずを次々に作っていった。コンロは一口しかなく料理はなかなか進まなかったけど、彼の好みがわからないのであれもこれもと作っているうちに夜中の3時頃まで準備をしていた。朝起きてからもギリギリまで手を加え、遅刻しないように慌てて家を飛び出した。お昼の時間、ドキドキしながらお弁当を作ってきたことを伝え、彼の前に広げた。美味しいか不安で、量が多すぎないか不安で、嫌いなものがないか不安で、写真を撮る余裕なんてなくて。彼が食べてくれる姿をずっと見ていた。私のこと、どう思っているのかな。4月の始め、まだ冷たい風が強く吹くた びに、桜がはらはらとまっていた。そっか、あの時もお花見に出かけたのだっけ。
 写真が1枚も残っていない、あの日のお弁当。タラモサラダを作ったことは覚えている。急いで作りながら、バターを庖丁で切ってジャガイモの上に落とすときに、一瞬躊躇したのを思い出す。料理を食べてもらうのが初めてだから失敗したくなくて、他のおかずはレシピを調べて、正確にその通りに作っていたのに、タラモサラダだけは、自分が美味しいと思う味付けで作った。彼にも気に入ってもらえる、自信があったのかしら。一人暮らしを始めたばかりの限られた予算とレパートリーのなかで作った精いっぱいのお弁当。彼のスタンダードにならなかった、バター味のタラモサラダ。

主人が起きるのを待ち、お弁当とレジャーシートを持って近所の川縁へ出かけた。両岸の桜が満開で眩しい。お弁当箱を開けると、主人は「あ、これ好きなやつだ」と言って真っ先にタラモサラダに手を伸ばした。息子も初めて食べるけど気に入ったみたいで「ピンクのところじゃなくて、黄色のところがいい!」とジャガイモの形が残っている部分にお箸をのばす。主人も息子も、好きなの物から食べるので、あっという間にタラモサラダは売り切れた。

 今度からは、なるべくジャガイモの形が残るようにタラコと和えよう。こうやって家族の好きな味にあわせて、少しずつ作り方も変わっていくのかも。ピンクと黄色の春色サラダ。主人と息子の食べっぷりが嬉しかったから、もう少し頻繁に作ろうかな。

 

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